ヴァレンヌ逃亡事件。

歴史に「if」はない。

とはいうけれど、それでも「もしもああだったら?こうだったら?」と思わずにはいられない逃亡劇。

パリからゴール地点のモンメディまでは

東京↔︎福島とほど同じ距離。

まして国境を越えるというわけではないのだから

逃亡というより避難の方がしっくりくるような。。。

いくつかの不安要素があるにせよ

フェルゼンが最後までついていれば(ちゃんと言うこと聞いていれば)

失敗することはなかっただろうと思うのです。

たとえラファイエットが猛烈な勢いで追いかけてこようとも

フェルゼンはそんなことを百も承知で計画を練りに練ったはずだから。

「ルイ16世が最後までフェルゼンに護られながらモンメディに到着するのには抵抗があった」

それはそうだろうと思うんです。

フェルゼンは王の臣下ではないし、外国人だし、まして愛妻の愛人だし。

このまま逃亡が成功したところで

「間抜けな王は妻の愛人に守られての逃亡」と自分の株が輪にかけて暴落するのは目に見えているわけです。

16世とアントワネットを描いた風刺画。何を言いたいのがよく見えてこないけど好意的じゃないのは間違ないな、と。

それでも

パリから脱出してまだ最初の宿駅ボンディで

フェルゼンを切り捨てるのは時期早々すぎるのではなかったかと思えて仕方がないのです。

いつも決断ができないくせに、こう言う時だけ決断が早い。

最初からここで切ることを決めていたのか、どこで切ろうかとタイミングを見計らっていたのかはわかりません。

フェルゼンの日記にも「王は望まなかった」とだけ書かれているので

この時の詳細は謎なんですよね。

筆豆なフェルゼンが書かなかったという事は、フェルゼンにとって納得のいく理由ではなかったのではないかと思うのです。

どちらにしても、寝耳に水だった馬車の中は「え?この人、何言っちゃってるんだろう・・・?」

と、呆気に取られていたのではないでしょうか(-_-)

そもそもこの逃亡の全てはフェルゼンが関わっていること。

ベルリン馬車を用意したのも、膨大な数の兵と馬を集めたのも、豪華な着替えの衣装と飲食を用意したのは彼。

それと並行しながら、王党派の諸外国とやりとりをしたのも彼。

それらに関わる、とんでもないほど莫大なお金を用意したのも彼。

何よりも、念密な計画を練りに練っていったのが彼なのです。(ここは正確にはブイエ将軍と)

最後までフェルゼン自らが舵を取ることを想定して作った船に、最初からそのフェルゼンがいないのであれば

うまくいくわけがないという思考はなかったのでしょうか?

切り捨てるにしても、どうしてもっとその重要ポイントを探らなかったのだろう?

すごく興味深いのは、この逃亡ルートがブイエ将軍の案だったということ。

フェルゼンの計画では通過する主要都市は5つのみ。

そこにはルイ16世が正体を見破られた宿駅も

国王一家が捕まったヴァレンヌも入っていない。。。

あぁ。

これには大きな運命のいたずらを感じてしまう。

そして

フェルゼンは最後まで国王一家について行くつもりだったので

ブイエ将軍に、モンメディに自分のための宿を用意しておいてほしいと頼んでいるのです。

王に切り捨てられて、王の言う通りベルギーのモンスへ行くけれど

何とか国王一家と合流しようとモンメディへと向かってるんですよね。

その先でブイエ将軍に会うことが叶い

逃亡が失敗に終わったことを聞き、結局ブリュッセルに向かうことになるのですが。

逮捕されたヴァレンヌから、見せしめのごとく4日かけてパリに戻ったのだそう。

これはわたしの浅い知識からの個人的意見になりますが

フェルゼンを欠いてモンメディに到着したとしても

予定していた数百の護衛はいないし

すぐそこまでラファイエットの出した追っ手と、大勢の反王党派が迫ってきているのだから

ヴァレンヌで捕まるか、モンメディで捕まるかだけの違いだけで

その後の歴史は変わらなかったのではないかと思います。

この逃亡作戦は最初から最後まで、フェルゼンありきでしか成し遂げることはできなかった。

そう思わずにはいられないのです。

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