マリー・アントワネットは2日間にわたる裁判の末、死刑判決を言い渡されます。
コンシェルジュリーの独房に戻った彼女は看守にペンと紙を求め、義理の妹エリザベートへ『最期の手紙』を書き始めました。
初めてこの手紙を読んだ時、もちろん日本語に訳されたものでしたが細かな内容云々よりも飾ることのない言葉に胸を打たれました。
そして一発書きとは思えないほど、彼女の思考が整理され、真っ直ぐな太い線になっている感覚がありました。
そして、何度か読み返すうちにこの手紙にあるのは『光』だと思ったのです。
それは、残していく子供たちへの溢れんばかりの愛情と伝えたい言葉の数々。
この時の彼女は、子供たちの未来という希望を持っているのです。
そしてそれを託せる義理の妹エリザベートの存在。
読めば読むほど、この手紙にはこれから死に向かう絶望よりも未来への希望がたくさん書かれているんじゃないか。
そう思った時には鳥肌が立つほど感動しました。
もうすぐギロチン台へと向かうアントワネットは、このあと子供たちに降りかかる運命を知りません。
そして、この手紙にあった彼女の願いは何一つとして叶うことがないのです。
エリザベートにこの手紙は届きませんし、彼女自身、この翌年にはアントワネットと同じくギロチン台に立つことになります。
最も心配し、希望を託していたであろう息子のルイ・シャルル。
彼は人間どころか動物以下のような境遇に置かれ、たった10歳で命を落としました。
そしてフェルゼン。
この手紙が初めて公表されたのは、アントワネットの死後23年が経ってからです。
フェルゼンもまた暴徒に襲われ、彼女の死から17年後に亡くなっています。
この手紙の存在を知らなかったのではないかと思います。
彼女に関する本をいくつか読み、考えると最後の瞬間まで思っていた人はやっぱりこの人なのだと思います。
『何一つ願いが叶わなかった』
それがこの手紙に強烈な光を差し、それがまた濃い影となったように思えるのです。
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これはあなたに、妹よ。
最後の手紙を書いています。
私はたった今、判決を受けたところです。
不名誉な死ではありません。
そんなものは犯罪者が受けることで、私にはあなたのお兄上と再会するようにとの判決でした。
あの方と同じように罪なき身の私は、やはりあの方と同じように最後の瞬間を迎えたいと思っております。
良心に咎めるものが何もない人がそうであるのと同じく、私は平静です。
深く心残りなのは、子どもたちを置いてゆくことです。
ご存じのように、私は子どもたちのために、そしてあなたのために生きてきたのです。
善良でやさしい妹よ。
あなたは友情から全てを犠牲にして、私たちのところに留まって下さいました。
そんなあなたを、こんな境遇に置き去りにしてゆかねばならないとは。
裁判の中で、娘があなたから引き離されたと聞きました。
あぁ、何て可哀そうな子なのでしょう。
あの子には敢えて手紙は書かないつもりです。
きっと、届かないでしょうから。
この手紙にしても、あなたの手に届くかどうかさえわかりません。
どうか子どもたちに代わって、私の祝福をお受け取りください。
あの子たちが大きくなり、いつかあなたと一緒になり、あなたの優しいお心遣いを受けることができますように。
ふたりとも、私がいつも教えていたことを思い出してくれますように。
それは主義を貫き、自分の義務を忠実に果たすことが、人生の中で最も大切なことだということを。
友情を守り、互いに信頼を寄せ合えば、幸福になれるということを。
娘が姉として、いつも弟を支えてあげますように。
年上である分、多い経験と愛情から、いつも弟に手を差し伸べてあげますように。
息子も、姉に対し愛情を持って応えてくれますように。
ふたりともいつかは感じてくれますように。
人生でどんな境遇になろうとも、お互いに信頼しあってゆけば幸福になれるということを。
ふたりとも私たちの例を思い出してくれますように。
あなたと私の友情が、苦しみの中でもどんなに慰めを生み出したことか。
幸福というものは、友と分かち合えば倍になるものです。
しかも自分の家族以上に優しく、打ち解けられる友人がどこにいるというのでしょう。
息子が父親の最後の言葉を忘れないでくれるとよいのですが。
念のために繰り返しておきます。
決して後から、私たちの死の復讐をしようなどと考えませんように。
あなたにお話ししておかねばならないことがあります。
いつも私の心を痛めていることです。
あの子がどんなにあなたを苦しませたか、私はわかっています。
どうか妹よ、許してあげてください。
まだほんの小さな子供ですし、人は自分の聞き出したいことを、たとえ子供自身が理解していないことさえ、子供の口から言わせるのは簡単なことなのです。
いつの日かあの子が、あなたが注いで下さっていた愛と優しさの価値を理解できますように。
もうひとつ、あなたに最後の思いを打ち明けさせてください。
裁判が始まったときに書いておきたいと思ったのですが、手紙を書くことを許されませんでしたし、裁判の進行があまりに早く、書く時間が全くありませんでした。
私は神聖なるローマ・カトリック信仰のもと、死へ赴きます。
これは父祖伝来の宗教であり、私はその中で育てられ、いつもそこで告白をしてきたからです。
聖職者による慰めが期待できないのと、ここにこの宗派の司祭がいらっしゃるかどうか分かりません。
もしいらっしゃったとしても、その方に私のもとへ来ていただくのは、あまりに大きな危険に陥れることになってしまいます。
今ここで私は、生まれてから今までに犯してきた自分の罪の全てに対し、心から神に許しを乞いたいと思います。
神のお慈悲により、私の最後の祈りがこれまで長い間捧げてきた祈りと同じように、お聞きいただけますように。
それによって私の魂が、神のお慈悲により許されますように。
私の知る全ての人たち、とりわけ妹であるあなたに対し、私が自分で気づかないまま加えていたであろう苦痛を、どうぞ許していただきたいと思います。
私の敵に対しては、彼らが私に加えたあらゆる害悪を許します。
この場で叔母たちや兄弟姉妹に、お別れの言葉を申し上げます。
私には友人たちがいました。
永遠に別れなければならないと思うと、そして彼らの苦痛を考えますと、死んでゆく身でありながらそれが最大の苦しみです。
私が最後の瞬間まで彼らのことを思っていたことを、せめてわかってもらえますように。
さようなら、善良でやさしい妹よ。
この手紙があなたに届きますように。
私を忘れないでください。
あなたと、そして可哀そうな子どもたちを、心をこめて抱きしめます。
神よ、子どもたちを永遠に見捨てなければならないことが、どんなに胸が張り裂けることか。
さようなら、さようなら。
あとはもう宗教上の義務を終えるばかりです。
どんな決心をしようと私に自由はないのですから、もしかしたら司祭が差し向けられてくるかもしれません。
ここではっきり申し上げますが、私はその方には一言も口をきかず、全くの赤の他人のようにふるまうつもりです。
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※この手紙には複数の日本語訳があります。今回は、ツヴァイクの『マリー・アントワネット』を訳された中野京子さんの訳をベースに、原文と照らし合わせながら、自分なりに書き起こしました。
